√Ω ??-1 〜覚醒〜

 

………………
…………
……

 

頭の奥から音が響いている。
規則的に、かすかにふるわせながら。
不快でもなく、快でもなく。
何の音なのか、何故鳴っているのか、それがわからない。
ふと、意識が、浮上し、

 

――は、そこで目を覚ました。

 

…………。
薄く開いた瞼から天井が見えた。
おそらく今まで眠っていたのだろう。
微睡み、ぼんやりとした思考と軽い頭痛。それと口腔内の渇き。
…………。

 

――ここは『どこ』だ?

 

眼前の景色に見覚えが無い。
ここは自分の部屋ではないのだろうか?
真っ暗の中にぼんやりと白い天井、薄暗い室内、微かな薬品臭。
眼球以外を動かすことが酷く億劫に感じる。
一旦瞼を降ろし、しばしの間固く閉じた後に再び開く。
いや、そもそも自分の部屋、って何だ?
…………。

 

ここは、どこ、なのだろうか?
どういうわけか記憶がはっきりしない。
何かを思い出そうとしても、何も浮上してこない。
まだ、完全に覚醒してはいない、ということだろうか。
酔って、いた?
なんだか長い間夢を見ていたような、生まれたばかりのような。

 

ゆっくりと体を傾け上半身を起こし、改めて周りを見渡す。
暗闇。うっすらと壁が発光して見える室内の大きさはそれほど広くない。
家具なども殆ど見当たらず、飾りなどもない。
おそらく一般的な住居ではないのだろう。
自分が寝ているベッドだけで敷地面積の殆どを占領している。

 

「…………ッ」
一瞬眩暈がした。
どうしてここに? 何故ここに?
…………。
あれ?
全く、思い出せない……?

 

寝ぼけているだけではなく――
もしかして、『記憶』がない?
…………。
そんな馬鹿な。そんなはずは無い。
眠りにつく前、昨日は何をしていて、一週間前は何処にいて、一年前はどんな生活をしていた?

 

――『自分』は『誰』だ?

 

落ち着け。そんなはずはない。記憶がない?
記憶喪失? そんなバカな。
えっと――
……どうやらまだ寝ぼけているらしい。
顔でも洗ってから改めて考えるべきだろうか。

 

目につく場所に洗面台などというものは見当たらない。
水など手に入りそうもない。
枕元のキャビネットとカレンダー。
何かに塞がれた窓、とどこかに繋がるドア。

 

吊られた何かが入っている点滴液は残り少なく、おそらく私の腕に刺さっていたであろう細い針がたれている。

 

「…………」

 

びょういん、びょうき? けが?
どうもはっきりとしない。自分が何者なのか、何故ここに居るのか、どういった状況なのか。
全く思い出せず、混乱する。

 

一時的な障害?

 

ここに寝ていたということは、何かがあって、それで――

 

考えてもナニも出てこない。

 

てのひらを握って、質感を試してみる。
足を動かす。足の指を動かす。
体そのものに痛いところはどこもない。
包帯やギプスの類いも何処にも巻かれてはいない。
幸いなことに四肢は無事らしい。

 

だとしたら、何処が、悪くて、病院なんかにいるんだ?

 

「…………っ」

 

一瞬声を出そうと、思ったが、恐ろしくなってしまい、やめる。
代わりに一度深く息を吸い、長く吐く。

 

「…………」

 

もしかしたら、まだ、夢の中にいるのかもしれない。
だとしたら、それほど恐怖に襲われる必要性などない。
たとえば、あそこのドア。
あれを開けば次の世界にいけるかもしれない。

 

そうだ。なぜ、記憶がないことをそれほど恐れることがあるのだろうか?
あの扉を開けて外に出れば、『知人』がこの状況を説明してくれるかもしれない。

 

あたりは暗闇だが、目覚めてしまったものは仕方ない。
朝になるまでまた寝る、という選択肢がないわけではない。
しかし、このまま何も行動を起こさずに再び眠りにつくことができるか?

 

とりあえず、状況確認ができれば、それでいい。
欲を言えば、喉を潤し、じっとりと湿った体を綺麗にできたらそれでいい。

 

重たい布団を押しのけ、下半身をベッドから下ろす。
たぶん、歩けそうだ。

 

――私は、ベッドサイドに見つけたスリッパをつっかけ、ぎこちない動作で部屋の戸を開けた。